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許容範囲をひろげるということ

連日コロナという言葉を聞いて、もう2年以上。

もちろんウイルスは心配ですが、それ以上に長引けば長引くほど心配なのは、人々の分断かもしれません。

例えば、ワクチン接種。打つ、打たないに、良し悪しをつけること。

かかった人、かからなかった人に、良し悪しをつけること。

良し悪しをつけることで、新たな分断を生み出しています。

 

ここマレーシアは、多民族国家です。

周りを見回しても、ムスリムで肌を隠した女性と、中華系のおへそをだし、ミニスカートをはいた女性が仲良くでかけていたりします。

また、インド系の女性が、ムスリムの女性とお茶しているのもよく見かけます。

宗教という、世界中で戦争を引き起こしてきたような大きなテーマが異なっても、相手を尊重して、その人の人間性を見てつきあっているんだろうなと思います。

一言でいうと、あまり良し悪しをつけることなく、相手への許容範囲がとても広いのです。

 

ここから見る日本は、少し過剰に、不安、不機嫌に見えます。

相手に対して、許容できない範囲がとても狭い気がします。

そして、こちらでよく聞くトラブルは、マレーシア人とのトラブルよりも、残念ながら日本人同士のいじめや嫌がらせだったりします。

 

日本人はもともとそういう性質ではないはずです。

おそらく、コロナだったり、戦争だったり、このどうにもできない暑さだったり、またはありえないような襲撃事件だったり、そういう周りの自分ではどうしようもできない環境が引き金になっているのではないでしょうか。

こういう時こそ、アーサナで身体を整え、プラーナヤーマで呼吸を整え、瞑想で心を整えていく必要を感じます。